●次に渡邊さんにお伺いしたいのですが、OTOTOYの学校では「パブリシスト養成講座」を2年前に立ち上げられました。
渡邊ケン 「海外ではパブリシストという職業があって、レコード会社で働く以前、プロモーター時代と洋楽マン時代にその存在を知って面白そうだなあと思っていたんですよ。彼らが日本に来るとき、特に大物アーティストにはパブリシストが帯同していたんですよね。CDのクレジットにも載っていましたしね。あと、かなり過去の話になりますが、DREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)の海外展開に携わり、アメリカでのリリースの際、念願叶ってスーザン・ブロンド(※)と一緒に仕事をさせてもらったんです。それでますますパブリシストの魅力、こういう人が将来日本でも求められるんじゃないかと確信したんです。僕は以前『トーキョーブートアップ』という音楽イベントをやっていて、そのイベントでパブリシスト講座をはじめたんですよね。僕自身はパブリシストとしてやっていたことはないんだけど、洋楽の担当ディレクターの仕事というのはまさにパブリシストで、アーティストのスポークスマンとして活動していたからその経験を活かせるんじゃないかと思ってね。海外の有名なパブリシストだと月収100万を超えるような人もいるんだけど、日本でも例えば月に3万円もらえるバンドを10組担当したら30万になるし、CDのプロモーション期間である立ち上げ3カ月間だけ10万で契約するようなスポット仕事を引き受けるとか、これだったら現実的に狙えるんじゃないかと思ったんですよ。実際に当時の受講生で、パブリシストをやっている人がいるし、OTOTOYの学校で講座を持つようになってからも、受講生でパブリシストやパブリシストチームを作ってバンドのお手伝いをやりはじめた人が出てきましたからね」
※スーザン・ブロンドはエピック・レコーズで初の女性副社長にもなった人物。マイケル・ジャクソンやプリンスとも仕事をしていた敏腕パブリシストである。
●整理のためにこれから話すパブリシストの定義とは何でしょうか? 欧米では職種別採用が一般的で、契約で一人一人の仕事の範囲が決まっているじゃないですか? ここからここまでがパブリシストの仕事、ここからはマネージャーの仕事といったように。日本社会ではそもそも働き方としてゼネラリストが一般的で色んな仕事をローテーションでやることが多いですよね。それと同じでインディーズバンドのスタッフを見ているとマネージャー兼カメラマン兼パブリシスト兼ローディーのように一人で何役もこなしているゼネラリストタイプがたくさんいます。
渡邊 「欧米のパブリシストとはちょっと違うものになるかもしれないね。正直僕も日本でパブリシストがどのような形で活躍していけるのかについては、まだはっきりとは見えていないんです。パブリシストの力量にも規模にもよるだろうしね。ただパブリシストが行うフリーのパブリシティ、プロモーションが求められていることは事実なんですよ」
永田 「“パブリシスト”や“エージェント”、“マネージャー”といった言葉そのものにはあまり囚われない方がいいと思うな。それよりは、そのプロジェクトの主体が誰であるか、そして、そこに関わった各々の仕事の棲み分け。僕はそれだけでいいと思っているんだよね」
渡邊 「あとはその人の得意分野にもよるしね」
永田 「よくある図なんだけど(とおもむろにホワイトボードに図を書きだす)」
※上記は永田さんが書いた図を参考に編集部で作成したもの。アーティスト例は編集部の想定イメージなので事実と異なる場合がある。またこれらは相対的なものなので、厳密には上記のようにはっきりとは分かれない。敬称略
永田 「今日話をする主な対象は右下に位置するバンドだね。以前は左上しかなかったんだけど、今は右下に属するバンドにも希望があるぞということを伝えられたら、というのが普段考えていることです」
●永田さんがやられているMCAは右下のバンドをサポートするためにあるってことですよね?
永田 「第一義的にはそうですね。最近はスタッフ志望の方も多い。『なんでも相談室』は、初回は気軽に声をかけてもらえるように無料でやっているんですよ。これまで250組くらいの方とお会いしてきました」
●MCA以外で右下のバンドをサポートしている会社や組織、パブリシストなどをご存知ですか?
永田 「うーん、まだそんなに多くはないかな。どうしても、情熱のある若者か、もともと大手レーベルにいた40代以上の人達の両極端になる。ただ40代以上の経験者はもともと左上にいた人達で、独立するとなると右下の人達を相手にするのは収入上難しいのが現実だよね。左上からお金をもらいながら、右下の手伝いもするといった形でやっている人は何人かいるけどね」
渡邊 「右下のバンド向けのパブリシストは3人くらい知っているけど、まだまだ少ないよね」
●それであれば右下のバンドをサポートするサービスや個人が今後増えて根付くかどうかはこれからということになるのでしょうが、右下のバンドにパブリシストやエージェントが必要になると思われたのは何故なんですか?
永田 「インターネットに後押しされて、色んなことが個人でできるようになったというのが前提としてあった上で、21世紀をまたいだころから右下のバンドもそれぞれのポリシーで立派に活動していけるようになったというのが一番大きいんじゃないかな。それまではある程度ちゃんとやろうとしたら左上しか選択肢がなかったんだよ、趣味でやるのは別にして。例えば音大を卒業して普段はクラシックの先生をやっている人でも、いざ個人でリサイタルを開催するとなったら、 自分でコンサートホールを借りて、舞台監督を雇って、フライヤー配ってやるわけだよね。つまり右下に位置するわけで、それを日常的に行っていくとなるとその活動を支えるスタッフ、スペシャリストが必要になるでしょう? それが個人やバンドを支える、これから求められるパブリシストやエージェントにあたるってことなんだよ」