昨年12月にリリースされた杉本清隆9年ぶりのシングル『グッバイ・レイディ』、今年1月に ポプシクリップ。マガジン第8号に同梱されたアルマグラフ初のスペシャルサンプラーCDが記憶に新しい方も多いだろう。そんな中今年6月にアルマグラフ、杉本清隆の両アーティストによる7インチスプリットシングルがミオベルレコードよりリリースされた。本誌の取材記事でも触れられているが、両アーティストにとってレコード作品のリリースは初めてだ。そこで今回編集部では彼らのレコードの制作の現場に密着取材を敢行した。
取材したのは制作過程のうち、「マスタリング」とレコードの「カッティング」作業だ。前者は「ミックス」の後に行われるもので、 CD・レコード・ハイレゾに至るまで形態を問わず、最終的な音を創る調整作業である。後者はレコード制作に必要な作業で、平たく言えば、マスターとなるレコードに溝を彫る作業である。実はこのカッティングが重要で、彫り方次第でリスナーの耳に届く音像が大きく変わるのだ。音圧の高い荒々しく歪んだ音にもなれば、柔らかい印象の丸みのある音にもなる(元の音源にもよる)。
今回「マスタリング」はソニー・ミュージックスタジオ、「カッティング」は東洋化成株式会社で行われた。またカッティングの後には アルマグラフ・杉本清隆とエンジニアの手塚さんによる記念対談も実施。レコードに対する理解を深めつつ、その魅力を語っていただいた。この場をお借りして取材に協力いただいた関係者の皆様に厚く御礼申し上げる。
インタヴュー・テキスト 黒須 誠
撮影 塙 薫子
企画・構成 編集部
協力 ソニー・ミュージックスタジオ/東洋化成株式会社
※本記事は2017年6月28日に発売されたポプシクリップ。マガジン第9号収録の記事を一部編集の上、期間限定で再掲載したものです
上記でそれぞれ試聴できます
Alma-Grafe / 杉本清隆『汽車を待つ列を離れ / Blowin' (the gloom away)』リリース記念インストアライブ
日時:2017年9月18日(月・祝) START 17:00(イベントは1時間程度を予定)
会場:HMV record shop SHIBUYA http://recordshop.hmv.co.jp/category/shibuya
出演:Alma-Grafe/杉本清隆
備考:イベント終了後にサイン会&チェキ会も開催!
今回リリースするレコード向けのマスタリング作業は、国内トップクラスのレコーディングスタジオ・マスタリングスタジオを保有している東京・乃木坂にある「ソニー・ミュージックスタジオ」にて行われた。一見するとソニー・ミュージックに所属しているアーティスト専用のスタジオだと思われがちだが、外部にも広く開放しており、メジャー・インディーズ問わず日々多くの作品を生み出している。ミオベルレコードでの利用は今回が初めてとのこと。
今回お世話になったマスタリングエンジニアは酒井秀和さん。Little Glee Monster、乃木坂46、岡崎体育、戸川純、ポルノグラフィティ、鈴木雅之など幅広い作品を手がけており、『日本プロ音楽録音賞』で何度も受賞経験のある実績の持ち主。実はヴォーカル美音子の別バンド、スウィンギング・ポプシクルの作品のマスタリングも彼が手がけており、声の理解も深いことから今回お願いすることに。マスタリング作業が行われたのは3月下旬、この日は杉本清隆とアルマグラフから工藤大介(Vo/G)、美音子(Vo)、島田正史の3名がビルの地下にあるスタジオに集合した。
到着後、早速準備が整ったスタジオで、冒頭酒井さんからアナログ・マスタリングについて説明を受ける。レコード向けのマスタリングが初めてのメンバーにとってそれは新鮮に映ったようだ。CDと音像が異なるため、低域をカットする必要性やヴォーカルの”サ行”に気を付ける必要がある話など、レコードならでは音作りにしっかりと耳を傾けていた。 作業は初めに杉本、続けてアルマグラフの順番に行われた。
酒井さんから希望の音像について質問があったものの、そこはベテランの腕を信用して、まずはおまかせで作業を進めてもらうことに。当日朝に完成したばかりの音源について、「バランスよく上手にミックスできていますね」と酒井さんに評され少し照れる杉本。できあがったばかりの音楽がみるみるうちに生まれ変わっていく。「音が立体的になりとても聴きやすくなった」と喜ぶ杉本は音像について一発OK。その後、何度か微調整を重ねて作業は完了。
続けてアルマグラフについても同様におまかせでマスタリングを進めていく。「ミックスされた音源、音圧が高めに作られているので、杉本さんとのバランスを考えて調整しますね」と酒井さん。マスタリング前後の音源を交互に流しながら全員で確認を行っていく。スタジオにはメインスピーカー以外にもラジカセなど複数のスピーカーが設置されており、スピーカーを切り替えながら、音の確認は行われた。ここでヴォーカルの美音子から酒井さんに修正の要望が入る。該当箇所を何度も聴き直すメンバー。素人耳ではほとんど違いがわからないような僅かな声の響き、音の重心の違いを聴き分け的確に応えていく様はまさにプロの仕事であった。後から聞いたところ「ヴォーカルの重心を下げてふくらみが出るよう調整したんです」とのこと。また声の艶を少しおさえることで歌の世界観により近づけようともしており、その拘りに改めてミュージシャンシップを感じた次第だ。そして何度も微調整を重ねたあと、2曲を通しで聴いて最終確認。「立体感が出てとても聴きやすくなった」と島田、「アナログ向けのマスタリングは、CD向けとは全く違うことがよくわかった」と工藤、「納得のいくまでやりきることができて、満足のいく作品が作れた」と美音子、2時間半にも及ぶマスタリング作業がこうして終わった。
4月中旬、桜も散りかけの頃、日本で唯一レコードの生産を行っている東洋化成株式会社の末広工場に杉本清隆、アルマグラフからは美音子(Vo)とリーダーのKoji Sunshine(Dr.)が集合した。
この日メンバーが立ち会ったのはレコードに溝を彫る「カッティング」と呼ばれる作業。レコードを量産するために必要なマスターを作る際に必要なものだ。通常レーベル側の仕事になるカッティング作業だが、メンバーにとって初めてのレコード作品であり、何よりも音に拘りを持っているメンバーの意向もあって今回の立ち合いが実現した。
この日の担当は手塚和巳さん。20年以上東洋化成にて数多くの国内外アーティストの作品を手がけてきた、国内では数少ないベテランのカッティングエンジニアだ。カッティングルームは工場本棟の一室にあり、工場の受付には著名ミュージシャンのレコード作品もたくさん飾られていた。余談だが先日ポニーキャニオンからメジャーデビューが決まった当サイトでもお馴染みのスカート澤部渡の作品も建物の入り口に置いてあったことを付け加えておく。
作業開始にあたり手塚さんと希望の音像について意見交換をするメンバー。事前のアドバイスも踏まえてまずは音をめいっぱい突っ込んでカッティングしてもらうことに。室内に併設されている専用の機械に真っ黒な平べったい円盤を設置して作業がスタート。
A面となるアルマグラフの音楽がスピーカーから音が流れると、同時に円盤も回転、黒い溝が彫られて原盤ができあがっていく。まるで子供さながらの無邪気さを持って興味津々に機械を、削られていくラッカー盤を覗き込むメンバー。早速できあがった音を聴いてみると少し荒々しい印象。
杉本から「歌やベースが歪んでしまっている」と指摘も。そこで音圧を抑え、音質重視で再度カッティングをやり直してもらったところ、歌が前面に出た柔らかい音に生まれ変わった。何度か聴き比べをしたのちに、2回目の歌や音質を重視した音像で決定。その後杉本さんの曲もアルマの音像に合わせてカッティング。約2時間もの作業で納得のいくレコードの原盤が完成した。