カメラ=万年筆ではオルタナティブな路線を突き進んでいる佐藤望が、佐渡ヶ島をテーマにした謎のポップス・ユニット”婦人倶楽部”を2014年よりプロデュース、今年7月に待望の1stアルバム『フジンカラー』をリリースした。
婦人倶楽部は普段は佐渡ヶ島で普通に暮らす主婦たちによる音楽ユニット。イベント担当の婦人A、ヴォーカルを担当する婦人Bに、パフォーマンス担当の婦人C、そして演奏を担当する婦人Dの4名で構成されており、これまでに「FUJIN CLUB」「東京カラー」「グルメ紀行」とシングル作品をタワーレコードの一部店舗限定で発表、そのコンセプトとキャッチーな音楽性が話題を呼び、先行シングルはどれも短期間で完売するなど、早耳リスナーの間で注目を集めていた。
いわゆるバンドのようにライヴハウスでの活動も行っておらず、台湾旅行のついでに現地でライヴを披露した程度。一方でデビュー間もないインディーズ・ユニットにも関わらず、三越伊勢丹夏のクリアランスセールのCMソングでも起用されるなど、活動スタイルも大変興味深い。
婦人倶楽部はメンバーが日常で普通に暮らしている人たちということもあって、4人の婦人については詳細不明であり、もちろん取材もNGなのだが、今回アルバムリリースにあたり、プロデューサーの佐藤望がメールでのインタヴューに応えてくれた。なおシングルに続きアルバムもセールスが好調のようなので、完売する前に早めに入手しておくことをお勧めしたい。
インタヴュー・テキスト 黒須 誠
企画・構成 編集部
作品情報
『フジンカラー』
発売日:2016年7月13日
形態:[CD]
レーベル:Grand Pacific Work
品番:GPWF-0001
価格:2,300円+税
<収録曲>
01. おでかけ
02. たらい舟に乗って
03. 渚のラプソディー
04. グルメ紀行
05. chin-don featuring 馬喰町バンド
06. FUJIN CLUB
07. わたしお嫁に行くわ
08. やっぱりくろこ featuring ザ・プーチンズ
09. 東京カラー
10. はまべのうた
──アルバムリリースおめでとうございます。まずはじめに新作『フジンカラー』のコンセプトと、婦人倶楽部にとってこのアルバムがどのような位置づけの作品になっているのか教えてください。
佐藤望(Producer) 「コンセプトはやはり佐渡ヶ島を全面的に押し出すということです。島の中からでしかわからないミクロな魅力をポップな音楽に落とし込めないかなと。婦人倶楽部はそもそもアーティスト志向ではないので、次いつ新作を作るかもわかりませんし、永く聴いてもらえるようなアルバムにしようと思いました」
──これまでに「FUJIN CLUB」「東京カラー」「グルメ紀行」と3枚のシングルをリリースされていますが、その延長線上にあるアルバムなのでしょうか?
佐藤 「『FUJIN CLUB』を出した頃は正直こんなに続けるとは思ってなかったので、コンセプトとかも大して考えてなかったのですが、少しずつ活動スタイルも定まってきて、[グルメ紀行]を出す頃にはかなり佐渡感のある音楽になってきました。アルバムとしては[グルメ紀行]のような佐渡路線を色んな解釈でアウトプットできないかなと思って作りました」
──これまでリリースされたシングル作品はタワーレコードの店舗限定で販売されており、どれも短期間で完売するなど、早耳リスナーの間で大変話題になりました。プロデューサーとしてこの人気は予想していましたか(笑)?
佐藤 「先行の話題としては、写真家の川島小鳥さんの作品をお借りできたことが大きいと思っています。僕自身の活動なんて大して認知されていませんでしたので、ジャケ買い的なところから音楽を興味持ってもらえたのかと」
──初の全国流通作品とのことですが、これまでのシングルを店舗限定にされていた理由があれば? また配信についてはどのようにお考えですか?
佐藤 「これまで店舗限定だったことの理由は、婦人倶楽部という手作り感のある作品を、目に見える範囲で売っていきたいなと思ったからです。クローズにすることでのプレミア感も狙いではあります。配信は今のところ考えていません」
──アートワークでは写真家の川島小鳥さんを引き続き起用されています。彼との出会いと起用されたきっかけを教えてください。また彼の写真のどのようなところがお好きですか?
佐藤 「川島さんの『未来ちゃん』という作品は、佐渡を題材にしたものとして一番ポップだなあと思っていたので、川島さんしかいないだろうと。大変お忙しい中ご一緒させていただけてとても光栄でした。川島さんの写真の魅力は、人の暖かさみたいな力が写真に宿ってることです」
──これまでのジャケットや今回のアートワークも全て川島さんが佐渡で撮影されたものなのですか? 既発のシングルも含めて、婦人倶楽部は一貫して佐渡の生活や魅力を音楽やアートワークで発信しています。
佐藤 「これまでのシングルは全て既発の作品をお借りしており、佐渡で撮影されたのはアルバムのみとなります。佐渡のことを発信しているのは、自分が佐渡で生活していた時の楽しさや豊かさをもっと知ってもらいたく、少しでも佐渡に恩返しできればと思って制作しています」
──婦人倶楽部のサウンドからは70年代後半から80年代日本のポップス、歌謡曲の匂いを感じるのですが?
佐藤 「曲によってモチーフが様々ですので一概には言えませんが、70年代~80年代のシティポップ、AORからは強く影響を受けていると思います。またその延長上にある渋谷系的な爽やかさ、ムーブメントをもう一度起こしたいなという気持ちもあります」
──佐藤さんが婦人倶楽部で目指していたサウンドスケープはどんなものだったのでしょうか。
佐藤 「僕の中にある良い音楽の系譜をアップデートして次の世代に受け継ぐことです。具体的にはシュガーベイブ、YMO、ピチカート・ファイブといった、ある意味で殿堂入りしている音楽を、表面的でなく正当に継承していく必要があると感じています。ただそこに辿り着くには一生修行が必要ですね…」
──これまでに佐藤さんが影響を受けた音楽や好きな音楽は何ですか?
佐藤 「ラヴェルなどのフランス近代音楽、その流れを汲んだ坂本龍一さん、さらにその流れの延長にあるコーネリアスなどが好きです。好きな理由は和声の色彩感と新しいことをやろうという意思ですね」
──このアルバム、田舎出身で東京に住んでいる私にとっては田舎を思い出させてくれる、ノスタルジアに駆られる作品です。サウンド面では5曲目の「chin-don feat. 馬喰町バンド」や以前発表されたシングルに収録されている「Tech Okesa」、あと9曲目「東京カラー」のアレンジに登場する笛の音、2曲目「たらい舟に乗って」冒頭の汽笛のような音がわかりやすいですね。サウンドプロデュースにあたって何を考えられていたのでしょうか?
佐藤 「ノスタルジアとは考えていません。なぜなら現在も佐渡でリアルに存在する空気感だからです。佐渡では農業や伝統芸能は生活とともにありますので、そこに身を置いていた自分としては、いたって自然な表現となります」
──なるほど。興味深いのはベーシックなところが洗練された都会的なサウンドでありつつも、伝わってくる景色は佐渡ヶ島なんですよ。この感覚が他のバンドにはない特徴だと受け止めたのですが、どのようにバランスをとられているのでしょうか?
佐藤 「僕は神奈川の湘南の生まれで、海も山もある恵まれた環境で子ども時代を過ごしましたが、逆に都会的なエッセンスが自分の中にあるのかはわかりません。もしあるとしたら高校時代を過ごした横浜の雰囲気ですかね。余裕のある都会感を佐渡ヶ島の風景と掛けあわせたのかもしれません。どっちも船が着きますし(笑)」
──その佐渡に住んでいる市井の人が都会に対する憧れや思いを感じさせつつも、音楽そのものはシティポップ、洗練されたサウンドで都会性を前面に出しているギャップが面白いし、何よりも遊び心があると感じたんですよね。これって狙っていると思うのですがいかがでしょうか(笑)?
佐藤 「そうですね、それは狙っています。というより、僕が作りやすいのがその手のシティポップだからです。もし民謡で作ってくれと言われても、出来ませんしね」
──「地方・土着性」と「都会」の2面性を今後も打ち出していくつもりなのでしょうか?
佐藤 「そんなに細かいことまで考えていません。アイデアというか、面白そうな題材があって、サビになりそうなキャッチーなフレーズが出来るかどうかです」
──わかりました。話は変わるのですが、佐藤さんの作られる音楽ってクラシックやブラスバンド、現代音楽等の構造を持っているのが面白いなと思うんです。いわゆるJ-POPや歌謡曲ではあまり使われないアレンジやオーケストレーションがあちこちで見受けられるんですよ。「グルメ紀行」のイントロなどがその典型だと思います。
佐藤 「僕はハタチぐらいまではほとんどクラシックしか聴いてなくて、特にラヴェルやドビュッシーなんかのフランス近代音楽を好きで聴いていました。なので、アレンジがクラシック楽器での室内楽的になるのは一番得意なところなのかなと思っています。J-POPや歌謡曲は本当に全然聴いたことがないです。申し訳ないのですが…」
──5曲目の「chin-don feat. 馬喰町バンド」の馬喰町バンドというのは?
佐藤 「馬喰町バンドは、佐渡にも来たことがあるフィールドワークが得意なバンドなので、今回お願いしました。詳細は彼らのホームページで」
※http://bakurochoband.com/bio.html
──あと8曲目の「やっぱりくろこ feat. ザ・プーチンズ」では、プーチンズの二人を起用されています。
佐藤 「プーチンズは単純に僕がファンだったのと、喋れない黒子の代役を演じられるのはプーチンズのマチオさんしかいないと思ったのでお願いしました。曲を書く前からプーチンズを想定していたので、作曲やアレンジもプーチンズに合わせています」
──そのほかザ・なつやすみバンドのMC sirafuさんや元吉田ヨウヘイgroupのメンバーだった池田さん、北園みなみさんなど今の東京インディーズシーンで活躍しているメンバーが多数参加されていますけど、人選はどのような考えで行われたのですか?
佐藤 「人選というより、曲がその人を呼ぶ、といいますか、一番しっくりくる演奏者にお願いしました」
──婦人倶楽部の音楽は口ずさみやすいメロディが魅力だと感じています。ポップスにおいてメロディはとても大事ですが、婦人倶楽部でメロディを作るときに気をつけていること、大事にされていることは何でしょうか?
佐藤 「婦人倶楽部のメロディの魅力は、サビだけ詞先で作っていることです。詞先の場合、言葉の語感に完全にフィットしたメロディを作れるので、メロディと歌詞が一体となって耳に届きます。これは僕の母体であるカメラ=万年筆ではやらない手法です。あちらではとにかく新しい和声感や不可思議なリズムを探求しています」
──佐藤さんの作られる音楽、カメラ=万年筆もそうですが、ちょっと憧れを感じさせるような洒落た雰囲気が漂っています。ただカメラ=万年筆ではより先鋭的、実験的なポップス作りに傾倒していますよね。アルバムタイトルも『coup d'Etat』(クーデター)』ですし(笑)。一方婦人倶楽部ではキャッチーなメロディで先に話したこれまでにないコンセプトで王道的なポップスを作りだそうとしているように思うんです。新しいことをやる、今までにありそうでなかったことをやる、という根底に流れる考えは同じだと思うのですがアウトプットはまるで違う。
佐藤 「そもそものスタンスが違いますね。婦人倶楽部はポップスに振り切っていて、あくまでヒットを狙って作っていますが、カメ万のほうは“模索“ですから、結果どんなものが出来上がるのかは最初からイメージできているわけじゃありません。出たとこ勝負というか…婦人倶楽部は売れるギリギリの線で音楽的な挑戦をしています」
──歌詞についていくつかお伺いします。「東京カラー」では田舎暮らしの婦人が都会に出て感じたことを歌っていますが、最後は帰ろうという詞で終わっているんですよね。この歌で伝えたかったものは何でしょうか?
佐藤 「僕は完全に田舎志向というか、自然がないと暮らせません。野菜食べたいので。ビルとか本当に嫌いなんですよ。あんな大きいの作って倒れたらどうすんだっていう。東京カラーで伝えたいことなんて特にないですけど、田舎にずっといるとたまには東京に出たくなって、それで東京行ったら行ったで人も多いし空気も悪いしで帰りたくなるっていう、そんな他愛もない歌ですね(笑)」
──「たらい舟に乗って」「渚のラプソディー」などは歌を通じて佐渡ヶ島のリアルな日常を紹介しているように感じます。一方でどこか架空の物語のような印象もあったんです。詞を作るにあたってはどのようなことを考えていますか?
佐藤 「[たらい舟に乗って]の歌詞は、たらい舟を題材にした民話[佐渡情話](※)をモチーフにしています。ですので、架空といえば架空なのですが、リアルに受け継がれている民話ですので、そういう意味では現実に即したものでもあります。[渚のラプソディー]は架空でもなんでもなく、僕が佐渡に行ったら恋人にフラれて、憔悴しながらバイク(カブ)に乗っていたら盛大にコケたと、ただそれだけのことを歌ってます。自分の体験談なので自分で歌うことにしました。詞を作る時に気をつけていることは、とにかく語感の良さだけです。婦人倶楽部では意味よりも響きの良さに重点を置いています」
※Wikipedia 佐渡情話
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E6%B8%A1%E6%83%85%E8%A9%B1
──ちなみに「グルメ紀行」の歌詞は唯一婦人との共作になっていますが?
佐藤 「ただ季節の美味しいものを挙げてもらっただけです(笑)」
──わかりました(笑)。ここで婦人倶楽部との出会いから結成に至るまでの経緯を教えていただけますか?
佐藤 「僕がたまたま佐渡に移り住んだら面白い人達がいて、気が合うのでその集落で暮らし始めたらなんやかんやと音楽でもやろうかという話になって、今に至ります。基本はお茶会の延長です」
──バンド名の由来は?
佐藤 「お茶会で色んな案が出た中で、一番普遍的で語感が良いものを選びました」
──昭和音大卒業後、佐藤さんは何故佐渡ヶ島に移られたのですか?
佐藤 「佐渡には2013~2014年の1年間だけ移住していました。音大卒業後、一般企業に勤めましたが、やっぱり作曲がやりたかったので仕事を辞めて島へ移住しました。1年修行して自分で音楽の仕事を取れるようになったので戻ってきました」
──佐渡ヶ島の魅力ってなんですか? また佐渡の生活は音楽面にどのような影響をあたえましたか?
佐藤 「佐渡ヶ島の魅力は、自然の豊かさです。それはどこの田舎でも同じなんだと思いますが、僕はたまたま佐渡に呼び寄せられたので。ただ食べ物の美味しさは半端じゃないです。音楽面においては正直そんなに影響はありませんが、音楽を作る上での心の余裕みたいなことを島で勉強できました」
──彼女らをプロデュースしようと思った理由は? また婦人倶楽部で世の中に伝えたいことなどあれば。
佐藤 「別にプロデュースしようと思って生まれたわけではなく、遊びのノリで始めただけですが、結果的に佐渡の良さを伝えるユニットみたいな感じになっていますね。婦人倶楽部のコンセプトとしては、そこらにいる田舎の主婦にだってお洒落なことは出来る、っていう提言というか、生活そのものをお洒落にすることの楽しさを伝えていければと思っています。カメ万とは正直比較になりません。あちらは売れることやコンセプトなどを打算的に考えることは全く無く、純粋に音楽的なことのみを追求しているユニットです」
──何故いわゆるミュージシャンではなくて、市井の人をヴォーカルに迎えて活動されたのですか?
佐藤 「そもそもその辺にいる人たちと適当に始めた遊びだったので…ただ、話し声が良かったので、イケるとは思いました」
──婦人倶楽部をスタートして数年たちました。ふりかえって思うことがあれば教えてください。
佐藤 「こんなに話題になるとはなあ、と。あと婦人たちのツイートを見ていると、本当にユートピアみたいな場所だなって思います。僕も第二の故郷じゃないですけど、1年に一回は行きたいですね」
──特にこのような心境の方に聴いてもらいたい、というのはありますか?
佐藤 「婦人倶楽部にターゲットはありません。どの世代にもアプローチ出来る音楽の強度を持った作品ということを意識して作ったので、とにかく沢山の人に聴いていただきたいです」
──婦人倶楽部の今後の目標を教えてください。
佐藤 「婦人は佐渡でフェスがやりたいみたいですね。伝統芸能とかと合わせるのかな? あとジャパン・エキスポに出たいとか言っていました。夢は大きいようです。パリにも行きたいらしいですが、僕は永く聴いてもらえればそれで十分です」
──佐藤さんの個人的な目標もあれば?
佐藤 「世界で活躍したいですね、真面目に」
──10年後どんなミュージシャンになっていたいですか?
佐藤 「いくつになっても新しい音楽を探していきたいです。自分のオリジナルと呼べるものが死ぬまでに見つかれば最高です」
──最後にリスナー、ファンにメッセージをお願いします。
佐藤 「色物みたいなユニットですが、聴いてみたら意外といいかも?」
──ありがとうございました。
作品情報
『フジンカラー』
発売日:2016年7月13日
形態:[CD]
レーベル:Grand Pacific Work
品番:GPWF-0001
価格:2,300円+税
<収録曲>
01. おでかけ
02. たらい舟に乗って
03. 渚のラプソディー
04. グルメ紀行
05. chin-don featuring 馬喰町バンド
06. FUJIN CLUB
07. わたしお嫁に行くわ
08. やっぱりくろこ featuring ザ・プーチンズ
09. 東京カラー
10. はまべのうた
掲載日:2016年9月25日