ここからはライヴレポートをお届けしていきたい。最初のレポートを書いてくれた立原さんは、20代前半でありながら渋谷系やギターポップにも明るく、文章を書く傍ら某ネオ渋谷系ユニットのスタッフも務めており、音楽シーンの現場を支えている人でもある。世間一般的なギターポップや渋谷系の見識を持ちつつも、現在の音楽シーンを肌で感じている彼女が、今回のイベントを通じてどのような感想を抱いたのか?今回はレポートと合わせて独自の視点で感じたことを率直にまとめてもらった。
取材・文/立原亜矢子 撮影/山崎ゆり(urico)
※文中は全て敬称略
小沢健二やピチカートファイブ、そしてカヒミ・カリィを台頭とする「渋谷系」という音楽カルチャーが流行った90年代前半。その流れは、音楽だけに留まらず、アート、ファッション、 ライフスタイルにまで広がり社会現象となった。その後、渋谷系の流れを汲んだ「ネオ渋谷系」が誕生。中田ヤスタカによる音楽ユニットcapsule、いと うせいこうがリーダーのラップグループ口ロロなど、渋谷系からの恩恵をダイレクトに受けた言わば渋谷系チルドレンのような集団、それをネオ渋谷系と言う。 現在、様々な音楽が蔓延るなかで、さきほど紹介した当時のような社会現象となるまでの音楽はなかなかないのではないだろうか。そんななか、あの頃の輝きを 取り戻そうと活動する人らがいる。「ポプシクリップ。」という音楽サイトである。ポップス及びギター・ポップスが放つ唯一無二の音楽を多くの人に伝える、と いうコンセプトの下、立ち上げられたこのサイト。
春の嵐が吹き荒れた5月6日GW最終日、ポプシクリップ主催のイベント、「POPS PARADE Vol.2 『MEET MUSIC LIVE』」が、渋谷HOMEにて盛大に開催された。
入場するとたくさんの人だかり。女性が大多数を占め、明日から始まる仕事の事もすっかり忘れてしまおう、なんて言わんばかりに次々とお酒を頼み、談笑が繰り広げられていた。今回、転換DJを務めたdj-plex(Stock Room Project)が選んだ1曲目、鍵盤のグリッサンドから始まるJackson5「ABC」がかかると会場は暖かいムードに様変わり。シュガーベイブといったシティポップ、モンキーズの名曲デイドリーム・ビリーバー、更には土岐麻子と言った女性ボーカルのポップで華やかな楽曲を中心に、かわいくっていじわるな選曲だった。
そしてトップバッターは空気公団の窪田渡率いるインスト演奏プロジェクト「芯空(しんくう)」、今回はパーカッションに五味俊也を迎えての登場だ。子供のころ慣れ親しんだであろう鍵盤ハーモニカ。発せられる音からは、遥か彼方に広がるアフリカの雄大な大地が目に浮かぶよう。生命が宿ったかのような堂々とした躍動的な音色に、会場は息を呑んでじっとみつめていた。今回のライヴでは前回の「芯空」ライヴでの会場リクエストに応じて、空気公団の名曲「退屈」を披露してくれた。この曲、夕焼けを眺めながら歩く帰り道、誰かへの想いを言葉に託したいけれど、気づけば嫌な言葉ばかりつもってゆくよ、という恋人や親しい人へと向けているように感じられる甘くメロウな歌だと思うのだが、インストである。歌詞がない。この想い、音のみで表現できるのかと、いささか不安になるところである。しかし、この二人に関して言えば、そんな心配はいらなかった。温かで滑らかな鍵盤ハーモニカの音色に乗せて、会場は橙色に染まってゆくかのように、優しい空間に早変わり。また、ライヴ中には、イベントの名前(MEET MUSIC)から何か話しましょうか、ということで、彼の音楽体験を聞く事が出来た。そもそも彼はドラムに興味があったようだが、偶然あったエレクトーン教室のチラシをみた母親に強く勧められ、そして知人から鍵盤を譲り受けるという運の巡り合わせから鍵盤を始めたそう。「鍵盤は女のものだろ!」なんて思っていたようだが、気づけば今や名プレイヤー。人生なにが起きるかわからない、という奇跡を垣間みた瞬間であった。
二番手は、 orangenoise shortcutとして活動していた杉本清隆。今回はフルバンドセットということで、ギター、ベース、ドラム、ヴィオラという豪華たる楽器陣が勢揃い。突 き抜けるハイトーンヴォイスに軽快なピアノ、ポップでキャッチーなメロディ。この段階でも聴きやすく、観客はその杉本節にどっぷり浸かっていたのだが、なかでもヴィオラの田中景子!音色が艶やかで美しく、楽曲へ彩りを添えた。また弾いているときの表情と言ったらもう…顔で弾くとはまさにこのこと。身が悶えてしまう。3曲目に披露された「Mr.螺旋系」では、そのヴィオラが大活躍!歌詞が一切なく楽器のみで曲を構成するインストであったが、飛び跳ねるピアノに、のびのびと響き渡るビオラの音色がピッタリ合致して素晴らしかった。そして、ゲーム音楽を制作していることでも有名なリーダーの杉本、今回のライヴ中にKONAMIのBEMANIシリーズよりpop'n musicの「Little rock overture」を披露してくれた。そこにはrisetteのギター森野も参加。これから何か冒険が始まるかのような胸の高揚感が押さえられなかった。そして、 彼らの持つ音楽性の幅の広さに圧巻させられたステージであった。
さて、最後のバンドは、2010年に結成15周年を迎えた男女混合3ピースバンド「risette」。今回はサポートにベースみえのてつろう、ドラム森谷諭も仲間入りした計5人でのバンド編成で登場だ。「よろしくお願いします。」とクールな表情や声で挨拶をしたヴォーカルの常磐ゆう。だが、歌うと一変。なんて甘くとろけるような声なのだろう。晴れの日だったら初夏に新緑を眺めながら公園のベンチで、雨の日だったら部屋で静かに聴きたい。そのような感覚。歌詞は「月」をモチーフとして歌われる曲が多く、この日はスーパームーン、ちょうど満月。曲を多く披露するなか、ほんの少しだけ設けられたMCの時に「みなさん、月を観ましたか?」と、話していた。その、「月」をモチーフとした楽曲「stop」では、ギターのカッティングから曲が始まる。ポップなのだが、胸が焦がれるように切ない。しかし、夜の首都高を車で飛ばすような疾走感がある。聴いていて清々しい。そしてこの日は、ギター森野の新しいギターをお披露目した日でもあった。普段通り演奏しているはずだが、どこか新鮮味もある、いい演奏だった。
ギターポップ、ネオアコ、そして渋谷系というと、華やかで明るく、そしてポップでキャッチー。愛や青春を熱く、時には軽やかにも歌う。今回のライブでは、その認識を再確認すると言ったような感じであった。しかし、それとはまた別に思うことがあった。時には、切なくて悲しい、冷たい部分もあり、人間の感情のなかでは「負の要素」とされる部分も、明るく華やかに歌い上げる、ということ。そういう悲しい感情というのは、極力なら避けて通りたいところである。なるべくなら触れたくない。だが、そういう悲しい感情にどっぷりと浸かって感傷的になりたい時は、わざとそういう曲を手にするかもしれない。
そういう避けられがちな負の感情を描いた曲で、ピチカートファイブの「悲しい歌」という曲がある。野宮真貴の爽やかでまっすぐな歌声、バックで奏でられるトランペット、そして手拍子にリズミカルなドラム、ピアノによってもたらされる明るいバンドサウンド。二人の男女に訪れた恋愛の終焉を描く歌詞なんて悲しく聴こえるのは当然のはずなのに、ポップで明るい曲調にのせて、悲しい感情も楽しく歌い上げることで、寂しさや悲しさはあまり感じられない。
ライブに関しても同様のことが感じられた。どの演奏陣からも、相反する感情を上手く曲に収め、ステージで伸びやかに歌い上げる。特にそれが感じられたのはrisetteの演奏だった。悲しげでけだるく歌うのだけど、演奏陣は明るくパキっと華やかな演奏。だからこそ、胸に刺さり、そして共感できる楽曲が多いのかな、そしてその為に、人の耳に届く範囲というのは格段に広がるのではないのかな、と、そんなことを考えさせられる良いきっかけとなった。
あっという間に3時間は過ぎ、観客の皆さんからは溢れんばかりの笑顔や、いいライブを観た〜、という心地よい疲労感に包まれているのが感じられた。「MEET MUSIC LIVE」、素晴らしい音楽に出会えた、タイトル通りのライヴになったのではないだろうか。