黒須 「レジーさんのフェス論の記事を読んだときに、業界全体を捉える俯瞰した記事を書かれているのが実に面白いなと思っていたんですけど、そこに視点を置くようになったのは何故ですか?」
レジー 「90年代にビーイング系の音楽が流行ったじゃないですか。アーティストの人格を消して、大量生産的に音楽を作って、タイアップと組み合わせて、出せば売れる、みたいな。小学生のときに音楽聴き始めてZARDだDEENだと売れている状況に接して、子ども心にあの仕組みに興味を持ったんです。音楽に限らず、なんでこれが売れるんだろう?ということを考えるのは昔から好きだったんですよね。それが高じて大学でもマーケティングを専攻しました。だから今年の春先に”バンドと戦略”みたいな切り口の話※がネットの一部で盛り上がってましたけど、僕としては”楽曲そのもの”と”楽曲の届け方”どちらもひっくるめて”音楽の話”だと思っています」
黒須 「やっぱりレジーさんは発想がビジネスマンですね(笑)」
レジー 「ヒットの裏側みたいな話は今でも好きですし、日々ネタを仕入れたいと思ってます」
黒須 「普段のお仕事もマーケティングに関係したものなんですか?」
レジー 「社会人になって最初は食品メーカーでブランドマネジメントや新商品開発をやっていたんです。そこでの仕事を通じて”世の中の流れを読め”という教育を受けてきました。当該業界だけの話じゃなくて、それこそ政治の話とかも含めてお客様が何を考えているのかを日々意識しましょう、という感じです。今は別の会社でコンサルティングをやっているので少し離れましたが」
黒須 「フェス論の記事を読んだときに、あの外からの視点を持つにはマーケティングの実務に精通していないと難しいだろうなとは思っていたんですよ。普通の音楽ライターの方ではなかなか難しいなと」
レジー 「僕が当時やっていたフェスの話は狭義のマーケティングというよりはメディア論とかコミュニケーション論とかの方が近いとは思いますが、音楽業界においてマーケティングの話がポジティブにされるケースは確かに少ないですよね」
黒須 「そうなんですよね。ここ数年AKB商法の話、アイドル論の中でのファン作りの話、フリーミアムの話などはよく見かけましたが、バンドの戦略やマーケティング、つまり届け方についての話はあまり聞かなかったんです。ももクロやベビーメタルなど、話題性のあるアーティストの成功事例はいくつかあるんですけれど、前提条件が特別すぎて普通のバンドには生かしづらい(笑)。そのほか近年話題になったことは『スポティファイ』や『パンドラ』、『バンドキャンプ』、『サウンド・クラウド』、クラウド・ファウンディングといったツールの話が多くて…。この数ヶ月話題になっている定額制音楽ストリーミングサービスである『AWA』『LINE MUSIC』『Apple Music』もツールの話ですしね。作品・アーティストプロモーション全体についての話をあまり聞かなかったんですよね。フェスに出ているけど固定ファンが増えなくて困っているバンドがある一方で、派手なところはないけれど、着実にファンを増やしているシンガーソングライターが増えていたり…。バンドが最も困っているのはプロモーション、売り方・届け方なのに、成功しているアーティストの話があまり表に出てこないのはもったいないなと。ただ、出てこない理由については取材している中で気づいたことがあります」
レジー 「それは何ですか?」
黒須 「バンドや事務所、レーベルなど音楽を仕事にされている方の大半は、個人事業主か中小・零細企業がほとんどなんですよね。つまりノウハウや仕組みが属人化されていて、組織として共有化されにくい状況なんです。一定規模の企業であれば、マーケティング・ノウハウについてもきちんと分析が行われているはずだし、組織としてのノウハウが蓄積・共有化されて平準化され、”仕組みとしてまわっていく”じゃないですか? 一部の大手レコード会社やプロダクションなどを除き、それらが行われづらい環境なんですよね。だから共有化もされづらいし、話題にもなりづらいのではないかと」
レジー 「なるほど、それだったら難しいですね」
黒須 「JASRACや日本音楽制作者連盟のような業界団体もありますが、主に権利関係を処理するのがメインで、バンドビジネスをうまく回すための運営ノウハウを提供しているわけではないようなんです。個人では音楽エージェントの永田純さんが代表を務める『ミュージック・クリエイターズ・エージェント』という団体があって、『なんでも相談室』というバンドの駆け込み寺となるサービスがあるのですが、あまり知られてはいないようです。あとは音楽配信サイト『OTOTOY』が運営する『OTOTOYの学校』や、音楽プロデューサーの牧村憲一さんが運営する『音学校』、先ほど話にも出た鹿野さんの『音小屋』など、音楽マーケティングやプロモーション、イベントのやり方等についての講座も増えてきましたが、それらに通っているバンドマンやスタッフもまだ少ないんですよね。そもそもバンドマンが業界団体やNPO、学校にバンド戦略について相談しにいく発想ってあまりないですよね(笑)。普通は先輩バンドに話を聞くくらいでしょうからノウハウが閉じてしまうんです」
レジー 「うんうん」
黒須 「そのほか代々木にある『ミューズ音楽院』にある『ミュージック・ビジネス専攻』ように音楽の専門学校があるのでそこで教えている部分もあるようなのですが、バンドやるにあたってわざわざ専門学校に入る人はそもそも多くはないですし(笑)。音大出身のアーティストもいますが、大学では主に理論や演奏、制作に関することを学んできたらしく、音大がバンドビジネスの運営ノウハウやマーケティング方法論についてまで提供しているわけでもないようなんです。じゃあ何もないのかというとそうでもなくて、以前はメジャーレーベルがそこを担っていました。新人バンド育成のために担当者をつけて育てているわけですから、それがある種のバンドの養成学校に近いものだと思います。でも今はどこの会社も苦しいので新人をきちんと育てている余裕はないし、そこに入れるのはほんの一握りのバンドだけですからね」
レジー 「確かにそうですよね。そうかといって、じゃあ”俺たちバンド養成学校出身です!”なんて人たちが出てきても微妙な気持ちになりそうですね(笑)。お笑い芸人とかだと普通に行われていることだし、いずれそういう時代が来るのかもしれないですが」
黒須 「それは僕もなんとなく嫌ですねえ(笑)」
黒須 「先ほどのバンド戦略論の話が盛り上がったという点についても、組織の人材マネジメントやマーケティングの観点からいったらそこまで目新しいことではない気がしますね」
レジー 「それはそうですね」
黒須 「記事を読まれて”ビジネスの世界ではそんなの当たり前じゃん!”と思われた方も多いと思うんです。ただバンド活動においてはアーティストという側面とのバランスもあってか、会社のように戦略をたててアプローチするという視点が今まで表に出てこなかったから、新しく見えて話題になったんだろうなと」
レジー 「そういう側面はあると思います。あと僕なりに思うところとして、音楽業界の中の人、リスナー、ともに”音楽を売ろうとすること”に対して強烈にネガティブな気持ちを持っている人が一定数確実にいるなあと感じることが結構あって。いい音楽をどうやってリスナーに届けるか、という話をしているだけなのにどうしてハレーションが起きるのが不思議なんですよね。自分たちの音楽を広く届けたい、だからいろいろトライする、というストレートな発想をなんでそんなに毛嫌いするのかなと。あまり世代で括っても良くないかもですが、この辺については我々より一世代若いミュージシャンの方が自由かもしれないですね。tofubeats しかり、Shiggy Jr. しかり、Awesome City Club しかり」
黒須 「tofubeatsさんは直接存知ないのでわからないのですが、Shiggy Jr. や Awesome City Club はまさにそうですね。考え方がシンプルですよ。売るために考えてトライするという思考は大事だと思います。ただ、音楽の場合難しいのは、良し悪しの判断基準が売れているかどうかだけではないということなんですよね。味が良ければいい、機能が高ければいいというだけではないですし。売れるものがあれば売れないものもあり、無数の個性・多様性があってカルチャーとして面白くなっている部分が多分にある。以前取材したあるミュージシャンが、“音楽は個人の創作物だから売ろうと頑張って売れなかったときの個人へのダメージはかなり大きくて辛い“ということを話してくれたんですよ。”アーティストとして商業価値がない現実を突きつけられると、それこそ立てなくなってしまう”…と。モノやサービスだったら売れない原因をそれらに転嫁できる部分もあるから、自分個人の人格が全て否定されるわけでもない。それとは違ってミュージシャンの作品は評価が直接的に個人の人格に返ってくるから、自分自身が全否定されるような状況になってしまう。そんな話を聞くとハレーションを持つ人が多いのも仕方ないと思いますし、ある意味健全な反応でもあると感じます」
レジー 「確かにそこは一般的なモノやサービスとは違いますからね」
黒須 「また売れる売れないは時代や環境の影響も大きいじゃないですか? 今だったらEDMが流行っていて市場も大きいけど10年前にEDMを好きでやっていた人がいたとしたら相当苦労したと思うんです。時代に合わせたものを作るのは、世の中への迎合だと、負けだと思っているバンドさんもたくさんいますから。みんな自分の好きな音楽で売れたいんですよね」
レジー 「マーケティングや戦略って言葉は、意味合いが結構ファジーじゃないですか? みんながその言葉に自分の嫌いな概念を勝手にあてはめているんじゃないかと感じる瞬間は結構あります。今EDMが流行っているからEDMをやるというのはマーケティングでも戦略でも何でもないわけで…」
黒須 「確かにそれはただの二番煎じで、マーケティングではないですね(笑)」
レジー 「マーケティングとはそういうもの、売れている商品を調査してそれをトレースすることだと勘違いしている人がわりと多いんじゃないかと。それだと話が通じないというか」
黒須 「確かにマーケティングって言葉は人によって定義も曖昧ですよね。実務に精通していないとなかなかわからない。よくわかっていない状態で話をされても困るというのは同感です。ただもう一つ思うのはメジャーを経験してきたアーティストたちのことです。全員がそうではないんでしょうけれど、売るためにメンバーがあまりやりたくないことをやらされたという話もよく聞きます。自分たちはAという音楽の嗜好性なんだけど、売るためにBという方向で作るように言われたとか…そこで嫌な思いをしてしまったバンドもいるんですよね。そのような方々の場合は、マーケティングの重要性はわかっているんだけれども、過去嫌な思いをしてきたこともあって、嫌悪感を持ってしまう。彼らにとって自分のやりたい音楽を見失ってまでやる音楽は価値がないわけです。だからこそ”売ろうとする”、という言葉に過敏に反応してしまうのではないかなと思うのですが、これはいい悪いではなく仕方のないことなんだろうなと。だから同じハレーションを持つ人でもそこは区別して考えなければいけないと思いますね」
レジー 「それでいうと、さっき僕が言った3つのアーティストは周りからあれこれ言われないようにするために自分たちで体制を整えて…という話じゃないですか? 今は段々とそういう時代になってきているというか。自分たちできちんとバンドをコントロールできる人がメジャーに行って、やりたいことをさらに大きいステージでやろうとするというのはすごく自然な流れだと思います」
黒須 「多分その背景には時代の変化もあると思うんです。以前はレコード会社は余裕があったので新人バンドを育てることができたと聞いています。でも昨今のCD不況で投資がなかなかできない彼らにとっても、自分たちできちんと考えて動けるバンドと組むことはメリットにもなると思うんですよ。育成への投資が少なくなりますからそこはレコード会社にとっても有難いのではないでしょうか?」
レジー 「確かにそうかもしれないですね」
黒須 「それと2010年代に入っても音楽マーケットが縮小し続ける中で、音楽業界の中で生き残ることが大変なことである現実を今の若いバンドはよく知っていると思うんです。だから生き残りための防衛本能としてバンドの戦略を考えて活動していくことは、彼らにとっては当たり前のことなんじゃないかと思うんです」
レジー 「そういう実態があるにもかかわらず、”バンドと戦略”という話は食い合わせが悪いんだなあとは最近思いました」
黒須 「僕の周りではバンド戦略論については特にネガティブな発言はほとんど見られなかったのですが」
レジー 「そうなんですね。僕の観測範囲だと、ミュージシャン、リスナー、ライター、それぞれの立場からネガティブな意見が出ているのを見かけました」
黒須 「恐らくきちんと丁寧に話すことができれば伝わると思うんですけど、先にも出たように戦略やマーケティングという言葉は曖昧なので…僕は仕事でもほとんど使わないようにしているんです。単に自分たちの音楽をよりよく届けるための手段を考えようということだけなんですよね。そこをもうちょっと噛み砕いて理解してくれる人が増えるといいんですけど」
レジー 「例えばリスナーとのコミュニケーションをしないで神秘性を高めることも、ある意味では自分たちの価値を高めるための手法なわけですよね」
黒須 「そうですよね。だから僕もバンドのお手伝いをはじめたとき、最初にマーケティングやプロモーションの説明を丁寧に話したんですよ。そのときも“マーケティング”などの専門用語はなるべく使わずに“音楽を届けるためのやり方についてこんな選択肢・オプションがあります“という感じで伝えたんです。僕自身が昔バンドをやっていたこともあるのかもしれないんですけど、そうすることでミュージシャンにも理解してもらいやすいんですよね」
レジー 「マーケティングや戦略ではなく“自分たちのやりたいことを実現するための環境整備”と言うと伝わるんですかね?」
黒須 「そうです、そうです。特にバンド・アーティスト側に正しく丁寧に伝えるのが大事なんですよ。実際にそういうものですし、規模の大小はあれどマーケティングをしていないバンドはいませんから」
黒須 「対談もそろそろ終盤になります。最後につかぬ質問ですけど今後インタヴューしてみたいアーティストはいますか?」
レジー 「Perfumeですね。インタヴューできたら廃業してもいいくらいの気持ちでいます」
黒須 「何故Perfumeなんですか(笑)」
レジー 「昔から大好きなんですよね・・・これについてはそれ以外理由が思い浮かばないです(笑)」
黒須 「好きなアーティストに取材するというのはこの仕事の醍醐味ですもんね。テンションがあがりますし、緊張もするけど楽しい以外何物でもない (笑)。色々な働き方がある中で、ダブルワークという選択肢が、やりたいこと、好きなことを仕事にしていく選択肢として今後広がっていったらいいなと思います。本日はありがとうございました」
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